<生きている実感>“自分の体とむきあう”
久しぶりの規制なしのゴールデンウイーク、皆さん楽しまれましたか?私は幼馴染と屋久島の縄文杉と白谷雲水峡登山に行ってきました。高御位山(高砂にある山)で練習したり、毎日スクワットをしたりと準備してから行ったものの、1日目往復6時間、2日目3時半起き往復12時間の登山は中々こたえましたが、思っていたよりも足が動いてくれてホッとしました。7000年の時を刻むいにしえの森。その荘厳さ、迫力。時空を超えているかのような神秘を感じました。でもそれ以上に自分の足でこれだけの時間、歩を進め続けたことにこみあげてくる“生きている”という実感。思えばこんなに歩き続けたのは何十年ぶりかのことで自分の体に向き合っている喜びを感じました。病気などで体を動かせない人もいますが、そもそも人間は体を動かすようにできていて、これが人の自然の姿であることを考えさせられました。
屋久島は花崗岩の島でその上に苔がむして森ができています。南方熊楠の本を読んだ時から苔に魅せられ、生命の源を感じていたのですが、深い緑におおわれた森を歩きながら、君が代の歌詞が浮かんできました。政治的解釈はいったんおいて、言葉通りの意味を思うと、この歌はまさに屋久島のことを歌っているように思え(全ての地にあてはまることなのかもしれないのですが)調べてみると鹿児島が発祥の地らしく、当たらずとも遠からず。こういうことを考えるのはものすごく楽しいです。
当分、はまりそうです。歴史に詳しいお父さん、是非、教えてください。
誰かそういう方がいつもいらっしゃるのがアトリエのすごいところです(笑)。


<人との出会いに学ぶ>
縄文杉コースを担当してくれたガイドさんが面白い方で、おそらく他の方はしないのではないかという私の変な質問にどこまでもお付き合いくださり、豊富な体験と知識から歴史、動植物、地質などはもちろんのこと古事記や山岳信仰、料理など私の思いもよらない切り口から答えて下さり、聞けば屋久島にまだ2年で、前はワシントンにいて、その前は大企業のサラリーマンをしていて、今は山岳ガイドなのにサーファーという変わった方でした。旅はいろんな人に出会えることも楽しみの一つです。
5歳のお子さんがいて、そういう方ですのでアトリエの共育に非常に興味を持って下さり、下山の時は屋久島にいるのにアトリエにいる時とほぼ同じ話を熱く語っていました(笑)。
どこに行っても同じ話をしています。


<子どもと学ぶ・子どもに学ぶ>“子どもと共に育つ共育”
アトリエは共育という言葉を使いますが、それは講師も親も子どもも共に学びましょうという意味でもあります。ですから、私達講師は子ども発信を受け止めていくので、同じことをしていてもクラスによって全く違う感じになることがよくあります。インスタにもあげましたが、私が担当している日曜日の1階幼少クラスは非常に個性的な子たちが多くて、いつも違うことになります(笑)。1階クラスと2階クラスが違いすぎて毎回、面白いです。とにかくみんな自分のやりたいことへの思いが強く、私の言うことを聞いていません。でも話が聞けないというのとはちょっと違っていて、説明している間に“あれはなんだろう、どうやってつかおう、あんなことしてみよう”と心がもうそっちにいっているんですよね。
そんな時にあれやこれやと説明されても聞いていられません。それより、はやくさせて!って前のめりになっている状態を、話を聞けないと判断してしまうと子ども達との関係性そのものが変わってきてしまいます。そういう時は話しを聞かせる為に怒るよりも、やりはじめたらなんとかなるのだから、子ども達の“はやくやってみたい!”という、いてもたってもいられない、体の芯からこみ上げてくる生き生きした気持ちが芽生える感情の発露を逃さないのもアトリエ講師の才覚です。
子ども達の動きにあわせて講師も動くということが共育のアトリエではとても重要です。


<子どもと共に動く>“こうして鍛えられています”
このクラスは基本、話を聞かない。私も1回しか言わない。なので結果的になんでも自分で考えてしなくてはいけません。一緒にやっているスタッフもそうです。次に私がどうでるのかわからない、子どももどうでるのかわからない。子どもも大人もやりながら学ぶしかない。だからこのクラスは一番言うことをきかないけれど、一番自分達で動きます。その状態を見ていると、どんなやり方がいいかなんて一言では言えないなあと思います。子どもによって違うし、その時々で違います。自分のやりたいようにやることを、多少のことは目をつぶって認めていますから、通常、講師たちがやってあげることもこのクラスでは自分でやってもらいます。なので汚れるっ!散らかるっ!なのですが、この子達にはそれが必要で、他のクラスも同じようにすれば良いかというとそれはまた違うんです。このやり方では楽しめないクラスもある。みんなそれぞれ違うんです。

これだけ個性がさく裂している子達をまとめるのは一歩間違えれば・・・の真剣勝負ですから、私の口調も他のクラスよりきつく、怒号が飛んでいる時もあるのですが、そのくらいのことでは子ども達もひるみません。子ども達との本気のやりとりがクラスをつくっていきます。子どもは、大人が本気で自分達と接しているのかそうでないのかはすぐにわかります。フレーベルは、子どもにおける勘の働きを重視して、大人が子どもに注意したり、しかったりする場合、それが大人の気分や気まぐれによるものか、それとも真実性に基づくものであるのかを見分けるための正しい勘が子どもにあることを指摘しています。私も子ども達を見てきて子どものそういう判断は殆どの場合間違っていないことを実感しています。だからこそ大人は子どもをなめたような態度をとってはいけないということを強く思います。

今、私が毎回、入っているクラスは少ないのでこのクラスを例にお話しさせてもらいましたが、アトリエではこんな感じでどのクラスも子ども達にあわせてクラスをつくっていっています。そして子ども達は自分のクラスがとても好きになります。アトリエで一生の友達になった卒業生たちもいます。
そういうことも含め、子ども達の居場所としてのアトリエでいられたらと思います。

2022年5月②アトリエ講師 星野由香