2週間のお休みでしたが、皆さん楽しい春休みをすごされましたでしょうか?今日から始まる2022年度のアトリエ。はじめてアトリエに参加する子ども達、また親子から幼児コピカになり一人でアトリエに入る子ども達、そして3年生になって全国のアトリエから注目されているピカソクラスの子ども達。
緊張しながらもひとまわり成長していく姿が今年も楽しみです。


<子育てに迷ったらフレーベル>“幼児教育の母”
今、フレーベルについて学びなおしているのですが、以前には感じとれなかったことや、理解していなかったことなどが、長年の子ども達との体験を通してやっと見えるようになり、和久先生がよく「大脳生理学が今のように発展していなかった200年前にフレーベルはすでにみんな言っている。」と言っていることをひしひしと感じています。だから、和久先生はいつもこう言っているんだ、こう書いているんだということも改めて理解ができました。
ただフレーベルは難解な文章が多く、調べようとしてもネット検索ではまず答えはでてきません。これまでの知識と体験から自分の頭で考えないとたどりつけず、ページが全く進まないのが難点です(笑)。前回はペスタロッチー・フレーベル事典からでしたが、今回は人間の教育からお伝えしたいと思います。


<フレーベルの人間の教育>“子どもは5歳までにその生涯に学ぶ全てを学び終わる”
全て書き出してお伝えしたいくらいですが、最近、繰り返し読んでいる箇所は、子ども達が遊びの中でやっていることは、大人が新たな知を得る為にしていることとなんら変わらないというところです。これは常々、私も子ども達の姿に感じていることでした。そのことを一番初めに感じた体験は15年くらい前の親子コピカでの球の活動の時のことです。
アトリエは毎年、球のテーマから始まりますが、いろんなボールを転がして遊ぶ時に、素材の違いにより同じ形の球でも転がるスピードや動きや音が違うことを子ども達が直観している姿はよく見られることです。その時、同じ色の違うボールを集めてひとつひとつ確かめるようにボールを転がしている1歳児さんがいました。その時「これは実験をしているんだ」と感動したことがあります。形と色という条件を同じにして違いを見るのは、研究者が実験する時と同じです。繰り返し繰り返し真実をつかみとろうとする姿は科学者が知を得る為に探求する姿となんら変わりません。既に1歳児がそのような行動をとることが衝撃ですらありました。
積木や童具で遊んでいる時、子ども達はよく種類を分けて集めたり延々と並べたりします。また、同じ高さをつくって橋を架けたり、丁度よい空間をつくったり、より高く頑丈にするためにはどうすればよいかを考えたり、動きを取り入れようとする幼児さえいます。この様子も大人が実際に建築に携わる時と何ら変わらない姿です。絵画の時は色を混ぜて混ぜてどんな色ができるのかを繰り返しながら画面にすいこまれていくような集中力で1枚の絵を描き上げます。芸術家が独自の美を求め新しい世界を生み出そうとする姿と何ら変わりません。幼児と大人の違いは、幼児はそれを全身全霊でやっているということです。この姿こそ計り知れない叡智を得ているということを大人はしばしば忘れてしまいます。

この時のゾーンにはいったような没頭する状態は幼児特有のものであるとフレーベルは幼児期の特殊性を説いています。おそらくこの先の長い人生を生きていくための主要な能力をこの時期に習得するためには生半可な集中力では吸収することができないからではないかと思います。この最も重要な時期に取るに足らないいずれ誰でもできるようなことをやらせることに時間を費やすことのなんともったいないことか!!3+8は?なんか後でやれ~!!って思います(笑)。そんなことをしなくても子どもはもっと賢いということを知っていれば幼い時にそんなことをする理由が全くないことに気づけます。


<フレーベルの人間の教育>“子育てで大切なことは子どもが教えてくれる”
子どもが興味を持つこと、表現しようとしていることは、まさに今子どもが知りたいと願っていること。
子ども達は手を動かして五感で世界を吸収し、全身全霊で創造活動にむかいます。だからこそ得るものも深くて大きい。何よりも大切なのは自発的であることと自己決定していること。このことを大人は忘れてはいけません。この輝きを生き抜くからこそ幼児は次の段階へと成長できます。そして幼児期にどのような態度で育てられたかは変えることはできません。幼児期に傷ついた魂の修復が困難であることは皆さんも知っている通りです。子どもの才能を早く見つけて伸ばそうとする教育もあるけれど、幼児の中にその素質を見つけそれを尊重することと、才能があるからと言って、やればできるからと言って、数字に興味を持ったからと言って発達年齢以上のことを強要するのとは全く別の話です。


<遊びは学び> “遊びながら学ばせるは子どもに失礼”
幼児にとっての遊びは学びと同じ、なんの矛盾もなく存在しています。遊びながら学ぶのではなく遊びは学びなのです。フレーベルは遊ぶこと、遊びは幼児の発達つまりこの時期の人間の最高の段階であるとしています。遊びについては次回のアトリエ通信で詳しくお伝えいたします。
幼児期の育ちはこれからの土台づくり。子ども達が真に求めている世界を大人も共に生きたいですね。自然に任せるという意味ではなく、環境を心を尽くして用意したら、後は発信機をしまって受信機だけを働かせて子どもの姿をただただ見守った時に見えてくる世界がきっとあります。(この記事をまとめたものをインスタグラムでも投稿しています。)
今年度も焦らず迷わず子どもと共に私達も育っていきましょう。
※今年から“大人アトリエ”します!!

2022年4月①アトリエ講師 星野由香